2008年02月27日

【指輪物語豆知識(101)】<ペレンノールの戦い(14)>包囲

ゴンドール・ミナス=ティリス。3月13日。

3月13日の夕刻、ミナス=ティリスの門にランマスの防壁の防衛隊よりあとに入ってきた者たちがありました。それはローハンに通じるアノリアンの道を防衛していた隊で、最後に撤退してきたのでした。この隊の隊長インゴルドは悪い知らせをもたらしました。
新たなモルドールの大軍が迫っており、これは東方の蛮族と思われる顎鬚をはやし大まさかりをあやつる大勢の人間共とオークからなる大軍で、すでにアノリアンの一部に入り込んでいるというのです。
「ロヒアリムのことは何も知らせがありませぬ。ローハンはもうやって来ないでしょう。もし来たにしてもわれらがその動きを耳にした新手の軍勢のほうが先になるでしょう。かれらは北への道をおさえ、ロヒアリムはやって来られません」

3月14日、朝というかそのおぼろな影が平原を覆うころ、見張りたちはミナス=ティリスがモルドールの大軍により、何重にも包囲されてしまっていることを知りました。平原はなおも進軍してくる敵で黒ずんでいき、この暗さの中で目を凝らして見える範囲には、赤や黒の野営のテントが城市の周り一面に出現していました。敵は矢の射程を外れたギリギリのところに塹壕を掘りはじめていて、それらの塹壕には転々と赤い火が見えました。
やがて塹壕ができあがると荷馬車の列がこの塹壕に資材を運び、大型の飛び道具を組み立て始めました。ゴンドールの人々は最初はこの装置を馬鹿にしていましたが、やがてロープが巻き取られると、その装置は高い城壁の上を越えて、石を投げ込み始めました。この石はどんな魔法がかかったものか着弾するとパッと火を発し、あちこちに火災を起こして、人々を消火に走り回らせました。
そして次に飛来したのは恐怖と嘆きでした。モルドールの巨大な石弓が次に投げ込んできたのは、オスギリアスで、ランマスの防壁で、ペレンノールの野で戦死したゴンドールの兵士の生首だったのです。さらには翼ある獣にうち乗ったナズグルも城市の上空に飛来し、ミナス=ティリスの人々は恐怖と絶望に襲われ、その士気も落ちていくいっぽうでした。

こうしたさまはデネソール執政のもとにも知らされて、デネソールの出馬をうながしたのですが、デネソールは人事不省のファラミアの許を離れようとしませんでした。
「予は息子を不必要な危険の中に送り出した。感謝もせず祝福も与えずにな。そしてこの子は血の中に毒を入れられたままここに横たわっておる。いや、いまは戦いがいかようになろうと、予の血統(ちすじ)も絶えんとし、執政家さえ衰微し終わった。
予は降りては行かぬ。この子のそばにいなくてはならぬ。こと切れるまでにまだものをいうかもしれぬからな。だが、それも近かろう。お前たちはついていきたい者についていくがいい。たとえ灰色の愚か者だろうと。もっともやつの望みも潰えたが。予はここに留まるぞ」(注1)
こうしてデネソールはミナス=ティリスの指揮を放棄し、その指揮はガンダルフにゆだねられました。ガンダルフはイムラヒル大公とともに指揮を引き継ぐことにしました。

第一環状区はついに消す者もないまま燃え盛り、ほとんどの者は第二環状区にまで逃げ込み、城壁の上の守備兵もほとんどが逃げ去ってしまっていました。そのために真夜中になって総攻撃が始まっても、モルドールの無数の的を射抜く矢はたいした数にはなりませんでした。こうしてモルドール軍はさして抵抗も受けずに、巨大な攻城兵器がゆっくりとミナス=ティリスの門に向かっていきました。そしてもはやゴンドールの士気も地に堕ちたとみたのかついにモルドールの総指揮官の魔王が漆黒の馬にまたがり姿を現したのです。

                            *

(注1)こうしてデネソールの精神はついにはその重荷に耐え切れなくなっていくのですが、その原因はパランティアにありました。ミナス=ティリスの白の塔の一室には「見る石」パランティアがすえられていたのですが、デネソールはゴンドールを憂うるあまり、たびたびこの石を覗き込みゴンドールの生き残る道を探っていたのでした。パランティアは遠方を見られるとともに未来をも垣間見せてくれます。それはあるべき未来の一局面でしかなく、大変に不安定なものですが、未来の指針にはなります。しかし、ミナス=ティリスのパランティアも、オルサンクの石と同様に、サウロンの持つ、元ミナス=イシルにあったパランティアの影響を受けずにはいられないのです。サウロンが奪い取ったパランティアこそ、南方王国のパランティアの親石ともいうべきもので、ほかの石はサウロンの持つ石の支配下にあったからです。デネソールは強固な精神力を持っており、サウロンの力にも対抗できるとの自信からしばしばパランティアを覗きました。しかしサウロンはそれを知り、デネソールの目にはサウロンの見せたいと望んだものしか映らなかったのです。こうして絶望と闇のみを見せられ続けたデネソールは、自ら絶望の淵に沈んでいったのでした。
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2008年02月24日

【指輪物語豆知識(100)】<ペレンノールの戦い(13)デルンヘルム

セオデン王がこの長征にひきつれていったのは、ローハンの全兵力の6割にあたる6000騎。デネソールは全兵力をもってといってきましたが、ローハンを空にしていくわけにもいきません。しかし連れていく6000騎はすべて騎馬。歩兵主体の戦場にあって6000の騎馬軍団の破壊力は大変なものがあるのです。かれらローハンの騎馬武者は馬上で槍を使うことが巧みで、このおりのことを謳った詩にも、こう表現されています。

エオルの家の子は、東へ東へ進んだ。
谷を越え、沼を渡り、森を抜けて、
スンレンディングへ向かう六千の槍。(注1)

王たちがエドラスについたのは、馬鍬谷を出発したその日3月10日のますます濃くなる薄闇の中でしたが、時刻はまだやっと正午になったばかりでした。セオデン王はエドラスで昼食と小休止をとることとしました。このあとは最速の速さで突き進むつもりだったからです。
食事を終えて再びでかける用意を整えた王は、メリーに優しく別れを告げました。メリーは最後にもう一度連れていってくれるよう頼みましたが、王はやはり承知してくれません。
「もし合戦がわが門の前で行われるのであれば、おそらくそなたの功(いさおし)は吟遊詩人たちに記憶されることとなろう。だがムンドブルクまでは百と二リーグもあるのじゃ。もうこれ以上はいわぬぞ」
メリーは頭を下げて、しおしおとその場を立ち去り、馬に乗った武者たちの列をじっと見つめました。そのとき、知らぬ間にひとりの騎士が近づいてきて、メリーの耳元でそっといいました。
「『意思の欠けることなければ、道は開く』。われらの諺(ことわざ)にこういいます」
それは今朝メリーが目を留めた若い騎士でした。
「あなたはマークの王の行かれるところに行きたいのでしょう。顔に出ています」
「そうです」とメリーは言いました。
「それならわたしと一緒においでなさい。あなたをわたしの前に乗せてあげましょう。ずっと遠く離れるまでマントで隠してあげます。それにこの暗さはこれからもまだ暗くなりますよ。こういう熱意が、拒否されてなるものですか! もうだれにも何もおっしゃらずに、さあ、おいでなさい!」
「ほんとにありがとう!」とメリーはいいました。「お名前は存じませんが、お礼を申します」
「ご存じありませんか? それではデルンヘルムと呼んでください」(注2)

こうしてメリーはデルンヘルムの鞍の前に乗せてもらい、強行軍が始まりました。そしてデルンヘルムの大きな灰色の軍馬「風の道」は、この余分な荷物をほとんど問題にしませんでした。若い騎士は小柄でしたし、ホビットはそれにもまして小柄でしたから。
一行はエドラスから12リーグ東にいったあたりで野営をし、その夜を過ごしました。強行軍とはいえ無理はできません。ミナス=ティリスに到着後即座に戦闘になる可能性が高く、そのときまで余力を残しておかねばならないからです。

3月11日早朝、再び行軍を始めたローハンの騎馬軍団がゴンドールとの国境(くにざかい)の近くにさしかかったとき、何騎もの伝令がやってきました。ローハンの東の国境が敵に襲われ、オークの軍勢がローハン原野に侵攻してきたというのです。エオメルは馬上で叫びました。
「進め! 進め! もう今となってはわきにそれるには遅すぎる。エント川の沼地がわれらの側面を守ってくれるに違いない。今必要なのは急ぐことだ。進め!」(注3)

                              *

(注1)スンレンディングとはローハン語でアノリアンのこと。アノリアンはミナス=ティリスを首府とする土地のことで(日本でいえば県のような地方名)、エルイ川の北、エント川の南、メリング川の東、アンドゥインの西の地域をさします。
なおムンドブルクとはローハン語でミナス=ティリスのことです。
(注2)デルンヘルム(Dernhelm)は、「ミドルアースの風」(→リンク参照)のグワイヒアさんによると、dern=隠された、秘密の、人目につかない。helm=守備、防衛、防護、覆い、冠、かぶと、という意味の古英語だそうです。秘密の防衛者? いかにもな名前ですね(笑)。
ついでに書きますと、セオデン(theoden)は族長、支配者、王、王子という意味だそうで、そのまんまですね(笑)。
エオメル(Eomer)は、eoh=軍馬 騎兵馬。mare=素晴らしい 優れた 輝かしい。
エオウィン(Eowyn)は、eoh=軍馬 騎兵馬。wyn=喜び 楽しみ 歓喜という意味です。
(注3)このオークの軍はけっきょくエントたちに発見されて殲滅されており、ことなきをえましたが、エオメルもセオデンもこの時点で、自分たちは無事に通過できても、このオーク軍により、ローハンはひどいことになるだろうと覚悟を決めていました。戦後にエオメルとアラゴルンははファンゴルン=木の髯に多大な感謝を捧げ、ローハンとゴンドールはこの恩をいつまでも忘れないだろうと伝えました。


「指輪物語豆知識」もついに100回目になりました。100回めでペレンノールの激戦と思っていたのですが、いつものことながら伸びてしまって(笑)間に合いませんでした。ともあれここまで続けられたのは皆様のおかげです。ありがとうございます。そしてこれからも応援してくださいね^^ 
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2008年02月21日

【指輪物語豆知識(99)】<ペレンノールの戦い(12)>出陣

3月10日早朝メリーはいやな夢を見てうなされていました。昨晩、セオデン王がメリーに、そなたを伴っていくとは申しておらぬぞ、と言ったからです。「いやだ、ぼくは置いてなんかいかれないぞ!」と夢の中で叫んでいるときに、起こされたのです。
「起きてください。起きてください。ホルビトラ殿!(注1)」
「何事です?」メリーは聞きました。
「王様がお呼びです」
「でもお日様は出てませんよ、まだ」
「ええ、まだです。きょうは日が出ないでしょうよ、ホルビトラ殿。二度と上るまいと思えるほどですよ、この雲じゃ」
メリーが急いで服をひっかけて王の許にいくと、そこにはヒアゴンとは違うゴンドールの使者がいて、セオデン王に日の光を隠した厚い雲の説明をしているところでした。
「あれはモルドールからやってきたのでございます。昨晩の日没時に始まりました。あれはじわじわと空を横切って進み、今やこの大きな雲はここから影の山脈にいたる全土を蔽っております。戦いはすでに始まったのでございます」
セオデンはその説明を聞いてもひるむことなく言いました。
「これで隠れていく必要はなくなった。開けた道を全速力で直進するとしよう。ただちに召集を始めるべし。暇どる者は待つな。騎士たちを集合させよ!」
やがて馬鍬谷に召集のラッパの音が次々に響いていきました。

セオデンはそこでメリーに向かって言いました。
「メリアドク殿よ、予は戦争に行く。じき出陣じゃ。そなたの予への奉公はこれで免ずるが、予の好意は変わらぬぞ。そなたはここに住まい、そなたさえよければエオウィン姫に仕えてくれ」
メリーは必死で王に嘆願しました。友人たちが皆戦場に赴いたのに自分だけおめおめ残れないと。
「走るには遠い道ですが、馬に乗れないのならば走ります、たとえこの足がすりきれましょうが!」
小馬ではついてこれぬし、どの騎士もぎりぎり身軽になって道を急ぐのだから、そなたを自分の馬に同乗させてくれるような騎士はおらぬだろう、という王の言葉にこうも言いました。しかし王はメリーの嘆願にも耳を貸さず、エドラスまでは小馬でついてきてもよいとだけ言いました。馬を疾走させるのは草原地帯に出てからだから、と。
そんなメリーを慰めるように、「さあ、おいでなさい、メリアドク!」とエオウィン姫がメリーを呼びました。「アラゴルン殿が、そなたに戦いの身支度をさせてほしいと頼んでいかれたから」と。メリーが姫と武器係のもとに行くと、姫はそこに用意された品々をメリーに渡して言いました。
「ここにはそなたに合うような鎖かたびらはありません。ただここに丈夫な革の上着があります。それからベルトに短剣も。長い剣はお持ちだから」
さらに姫はギムリが角笛城の戦いの前にもらったのと同じような白い馬の紋章のついた小型の盾を与えて言いました。
「これらを身に帯びて武運がありますように! ではご機嫌ようメリアドクさん! でももしかしたらまた会うかもしれませんよ、そなたとわたくしは」
エオゥインはこの馬鍬砦に留まって留守を守ることとなっていたので、ここでメリーに別れを告げたのです。

こうして2時間の後、ついにローハンの騎馬軍団は動き出したのです。立ち並ぶ数千の騎士たちは2つに割れ、王のために道を開けました。メリーも小馬のスティッパに乗って王に従って両側に騎士たちが並ぶ真ん中を進んでいきましたが、かれは隊列の最後のほうに、面をあげ鋭い視線をホビットのほうに投げかけた者がいるのに気づきました。
若い男だな、と視線を投げ返しながらメリーは思いました。背の高さも横幅も他の者ほどないようだ。メリーは若者の澄んだ灰色の目がきらっと光るのをとらえました。そしてそのときかれは思わず身震いしました。というのは、その若者の顔が望みを持たぬ者の顔、死地を求めに行く者の顔であることがとっさに感じられたからでした。

                                *

(注1)ホビットの語源ともいわれるローハン語でいう「小さな人」。アラゴルンが尊敬をこめて「ドゥナダン」(ドゥネダインの単数)と呼ばれるのと同じく、ローハンの人々はメリーを親愛と尊敬をこめて「ホルビトラ」とあたかも固有名詞のように呼びました。
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2008年02月18日

【指輪物語豆知識(98)】<ペレンノールの戦い(11)>赤い矢

日にちを戻し、こちらはローハンです。

3月9日の夕暮れ時、セオデン王はようやく馬鍬谷に到着しました。もちろんメリーもいっしょです。
谷に入ると、驚いたことにローハンの大軍勢がすでに集結をしていたのです。それは馬鍬谷の領主のドゥーンヘレがガンダルフからの伝言を受けて進めたことでした。ガンダルフはミナス=ティリスに向かう前に馬鍬砦に寄り、角笛城の大勝を告げるとともに、王はこちらに向かっており、すぐにもローハン軍を召集されることを望んでおられる、と告げたのでした。また、首都であるエドラスに翼ある獣にうちまたがったナズグルが飛来したことを聞き、必要最小限のものを除き、松明やかがり火をたかないように忠告していきました。そのため、あたりは夕闇の中に沈んでいて定かではなくなっていたのですが、メリーは1万を超える軍勢がいるのではないかと感じました。
王は時間が節約できたことを大変に喜び、せめて一夜なりと砦にて休めよう、と言い、谷からの急な坂道を登って砦に向かいました。
このおり、エオメルがセオデンの老体をきづかい、こう進言しました。
「わたくしの助言をお容れいただければ、殿にはこの地に勝つにしろ負けるにしろ勝敗が決まるまでお留まり願いとう存じます」
「いや、わが息子よ、そなたをこう呼ぶぞ。予が西に馬を進めてから(注1)の日々は、一日が一年にも思える。だが二度と予は杖にはすがらぬぞ。戦いに敗れたとすれば、山の中に隠れ潜んだとして何になろう? してもし勝ったとすれば、最後の力を使い果たして討ち死にしようと、何の遺憾となろう?」
セオデン王はこの年で71歳になっていました。ローハンの人々は普通の人間なのです。エオメルが心配するのももっともな年齢でしたが、王の意気は盛んでした。

坂を上りきって台地になると、広い道が奥のほうまで通っていました。実はこの道をそのまま進むと死者の道にいたるのです。そしてメリーが驚いたことにはこの道の両側にはたくさんの石像が立ち並んでいたのです。かなり大きなこの素朴な石像群は、ローハンの人々がやってくる遥か以前よりここに並んでいましたが、これを作った人々がどういう人たちでどういう生活をしていたのか知る者は誰もなく、ローハンの人々はこの石像を「プーケル人」と呼んでいました。
この石像の道を外れて右側には小型のテント群が、そして左手に王の大テントがはってあるのが見えましたが、その大テントの方角からひとりの騎士が騎乗で近づいてくるのが見えました。近づくにつれ、その騎士は編んだ長い髪を垂らした婦人であることがわかりました。しかしこの婦人は兜をかぶり、戦士のように胴までの鎖かたびらをつけて、腰には剣をさげていたのです。
「ようこそお帰りあそばせ、マークの王よ!(注2)」と彼女は叫びました。「殿のご帰還を心よりお喜び申し上げます!」
「してエオウィンよ、そなたのほうには変わりはないか?」
「変わりはございません」と姫は答えましたが、メリーにはその声がその言葉の偽りであることを示しているように思えました。それどころか、姫はたったいままで泣いていたように思えました。
エオメルは先に来たはずのアラゴルン殿はまだこちらにおられるのか? と姫に尋ねました。
「いいえ、もう行ってしまわれました」。エオウィン姫は顔をそらし、東南に黒々とそびえる山々に目を向けました。そしてアラゴルンは死者の道へ入ったと姫に聞いたエオメルは言いました。
「アラゴルン殿は行方しれずになられた。われらだけで出陣するほかはなく、望みは減少した」

その夜は大テントに王とエオメルとエオウィンそれに馬鍬谷の領主のドゥーンヘレとで小さな晩餐会が開かれましたが、メリーも呼ばれてご相伴に預かりました。
やがて近衛の隊長がカーテンを押し分けて、ゴンドールからの急使が参っております、と伝えました。セオデン王は早速この急使を通しました。メリーがボロミアの縁者ではないのかな? と思ったほどボロミアに雰囲気の似た背の高い立派な使者は、片膝をつくとセオデンに一本の矢を差し出して言いました。
「ご機嫌うるわしう、ゴンドールの友、ロヒアリムの王よ! わが名をヒアゴンと申し、デネソールの使者を勤めます。この戦いの印を殿にお持ちいたしました。ゴンドールは危急存亡の時を迎えました。今までにもしばしばロヒアリムはわれらをお助けくださいました。しかし今度こそはゴンドールが遂に滅びることを恐れ、デネソール侯も貴国の全兵力を、それも大至急お送りいただきたいと求めておいでです」
「赤い矢よな!」。セオデンは感慨深げにその矢を受け取りました。その矢はゴンドールが救援を求めている相手に送るもので、黒い矢羽と鋼鉄の鏃(やじり)を持ち、鏃の戦端が赤く塗られたものでした。セオデンは使者に言いました。
「われらは参じますぞ。旗揚げは明日と定まっておる。そなたたちが北から攻め上るエオルの家の子らの喚声を聞くのは、明朝から定めておよそ一週間めになろう」
「一週間ですか! やむを得ぬ仕儀なら、やむを得ませぬ。しかしこれから七日と申しますと、皆様方はただ廃墟と化した城壁のみを見いだされるかもしれません」
ヒアゴンは言いましたが、ローハンからゴンドールまでは102リーグ(約500km)もあるのです。ローハンの騎馬軍団だからこその一週間の速さなのです。使者はその答えに満足するほかありませんでした。

                                *

(注1)アイゼンガルドはローハンの西にあたります。つまりサルマンを討つべく出陣してからということ。
(注2)ローハンの人々は自分たちの国をリーダーマーク(騎士)の国、略してマークの国と呼びました。またしばしば「エオルの家の子ら」とも言いました。なおゴンドールの人々はかれらをロヒアリムと呼んでいました。
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2008年02月15日

【指輪物語豆知識(97)】<ペレンノールの戦い(10)>撤退

3月13日。日の昇らぬ中に鳴る夜明けの鐘が鳴り終わらないうちに、ランマスの防壁のほうに赤い火が燃え盛るのをピピンは認めました。
「防壁が破られたぞう!」
見張りの兵が叫びます。
敵はランマスの防壁を爆破し、破れ目からペレンノールの野になだれこみ始めたのです。これらの詳報を伝えたのは、負傷者を満載した馬車を護衛して戻ってきたガンダルフでした。ファラミアは最後まで踏みとどまって、撤退が無秩序な潰走にならないようがんばっているとのことでした。そしてガンダルフは言いました。「わしの恐れていた者がやってきおったのじゃ」。侵攻軍の総指揮をとりにナズグルの首領・魔王がやってきたのでした。
やがてアンドゥインに浮かぶ船の形をした島カイア・アンドロスの守備隊が撤退してきました。モルドール軍はアンドゥインを続々と渡ってきており、とうてい守りきれなかったのです。
そして夕暮れ近くになって、ミナス=ティリスの門にランマスの防壁方面から向かう隊列がありました。秩序正しく列を整え整然とやってくるのは、最後まで防壁に残っていたファラミアの指揮する防衛隊にほかありません。ついに全軍ミナス=ティリスに撤退が指示されたようでした。
その退却部隊の主力が門から4分の1マイル(400m)ほどのところにきたころ、彼らの後方からいちばん最後まで残っていた少数の後衛部隊が騎馬で疾駆してきて、さらにその後ろから敵のハラドの騎馬隊がたくさんのオークを従えて襲ってきたのです。さらには空からナズグルたちが急降下してきました。整然たる隊列は算を乱した潰走になりました。
しかしそのとき、ラッパの音が鳴り響き、ミナス=ティリスの正門が開き、騎馬の部隊が救援に現れたのです。これはデネソール侯の命令により、門の中で待機していたドル・アムロス大公イムラヒル(注1)の率いる白鳥の騎士団でした。かれらはデネソールの命令を受け、疾風のように敵に襲い掛かり、逃げていた兵たちもきびすを返して敵に向かい、状況も判断せずに突っ込んできた闇の軍勢をさんざんに打ち破りました。ハラドの兵もオークもちりぢりに逃げていきましたが、デネソールは深追いを許さず、退却のラッパを吹き鳴らさせました。
こうしてランマスの防壁の守備兵は数を減らしながらも撤退することができたのです。オスギリアスの防衛から参加していた兵はその数を3分の2にまで減らしていました。

三々五々に城門をくぐるかれらの中に、しかしファラミアは見当たりませんでした。そして、いちばん最後にイムラヒル大公が戻ってきましたが、その大公の乗馬の鞍の前にはファラミアが人事不省のまま乗せられ、血縁者である大公の腕にかかえられるようにして運び込まれてきたのです。
ファラミアはあの最後の襲撃のおりに空から襲い来たナズグルの放った投げ矢により傷を受けて落馬してしまいました。ハラドの兵がそんなファラミアに刃をふりおろそうとしたちょうどそのとき、イムラヒル大公の突撃が始まったのでした。ファラミアは戦場に倒れているところを発見されましたが、そのまま意識をとり戻さないのです。
ファラミアはそっと執政の執務室に運ばれました。イムラヒル大公はデネソール執政に言いました。
「殿よ、ご子息は数々の大きな功(いさお)をたてられたあと、ここに戻ってまいりました」
しかしデネソールは立ち上がってわが子の顔をながめ、じっと黙したままでした。それからデネソールはこの部屋にベッドをしつらえてファラミアを寝かせ、みんなに出て行くように命じました。
そしてかれ自身はただひとり塔の頂の下にある奥まった部屋に昇っていきました。
ちょうどこの時間にこの部屋のほうを見上げた大勢の者は、狭い窓からしばらくの間ちらちらと明滅するうす青い光を目にしました。光はやがてぱっと輝いて消えました。
デネソールはふたたび階下(した)に降りてくると、ファラミアのところに行き、物も言わずそのそばに座っていました。しかし大侯の顔は土気色で、息子の顔より死顔めいて見えました。

                              *

(注1)ゴンドール領ドン・アムロスの領主イムラヒル大公の家柄は、執政家につぐ名家であり、当主イムラヒルは文武両道に秀でた人で、デネソールが指揮を放棄したあとのゴンドール軍の総指揮を受け継ぎます。かれの家系にはロスロリアンのエルフの血がまじっていることも知られています。なおイムラヒル大公の姉はフィンドゥイラスといい、彼女はデネソールの妻です。つまりイムラヒルはファラミアの叔父にあたります。言い換えれば、ファラミアには母方を通じてエルフの血が流れているのですね。またイムラヒルの娘のロシーリエルは指輪戦争の後にエオメルの妻となります。これだけの重用人物ですが、映画には登場しません
白鳥の騎士団は、ゴンドールの持つ唯一といっていい貴重な騎馬軍団です。貴重といえば、モルドール軍もほとんどが歩兵であり、騎馬は敵方にも大変少なかったようです。
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2008年02月12日

【指輪物語豆知識(96)】<ペレンノールの戦い(9)>敵軍来襲

3月11日。もはや太陽は二度と昇らないのではあるまいかと思われる暗い朝のなか、デネソールは諸侯を呼び集めて会議を開きました。いかに防衛するかの会議です。
敵はモルドールの黒門から発した軍勢も、ミナス=モルグルを経由してミナス=モルグルの軍勢も併せて進軍してくると思われます。
その進路はオスギリアスを通り、ランマスの防壁を乗り越えてミナス=ティリスに迫ることでしょう。
その昔王都であったオスギリアスは、大河アンドゥインをまたぎ両岸にわたる城砦都市で、大河に渡された石の大橋の上にも建造物が立ち並ぶ華麗なる都でした(注1)。王都オスギリアスをはさむようにして王都を守るために建てられたのが、アンドゥイン河をはさんで対照的に作られた城砦都市ミナス=イシルとミナス=アノールであり、ミナス=イシルは後にモルドールに奪われ、ミナス=モルグルと名前がかわり、ミナス=アノールはミナス=ティリスと改名したことは前述しました。すなわちミナス=モルグルを発してミナス=ティリスに至るためには、オスギリアスを通過するのは必至なのです。

デネソールはまず基本的な方針を述べました。
「予としては大河(オスギリアス)とペレンノール野(ランマスの防壁)を戦わずして放棄することはせぬ」と。
この基本方針に基づいて、ではオスギリアスをどう守備するかが問題です。オスギリアスはかつて起きた内戦とそのあとの疫病の大流行により廃墟と化して放棄されていましたが、今は守備隊をそこにつめさせて防衛線をはっています。しかしそれはモルドール軍を前にしてはは微々たる兵数であり、これからそこに派遣する増援もあまり多くは送れません。徹底的に兵数が足りないのです。オスギリアスの防衛指揮官になるということは、全滅覚悟の死地に赴くということでした。ですからデネソールが
「ここに主君の意を体するだけの勇気を今なお失わない大将がおればのことだが」
と言ったあと、その場は沈黙で蔽われたのでした。しかしとうとうファラミアが言いました。
「父君、わたしは父君のご意志に逆らいはいたしませぬ。父君はボロミアを失われたのですから、わたしが兄上の代わりにまいってできるだけのことをいたします-----父君がお命じにさえなれば」
「予は命ずる」とデネソールは言いました。
「それでは御機嫌よろしう! しかし、万一わたしが戻ってまいることがありましたら、わたくしめをご嘉納いただけましょうか!」
「そなたの帰り方によるぞ」とデネソールが言いました。
こうしてファラミアは、自ら進んでファラミアに付き従うと志願した部下を率いてオスギリアスに出陣していったのです(注2)。

3月12日。早くも凶報が届きました。敵がアンドゥインの渡河に成功したというのです。その伝令はこう伝えました。
「敵は大河の横断に際し、多大な犠牲を払いましたが、われらが望んだほどではありませんでした」
オスギリアスを撤退したファラミアは、ペレンノールの外壁ランマス・エホールに退き、ここで体勢を立て直して敵を迎え撃とうとしているという知らせでした。それを聞くとガンダルフは手を貸すために飛蔭にうちまたがり、ランマスの防壁に向かい駆け去りました。


                               *

(注1)実際の歴史の西暦1209年にジョン王の時代に完成した新ロンドンブリッジの橋上にも建造物が立ち並んでいたのは有名です。教授はロンドンブリッジを念頭において考えたのかもしれませんね。
(注2)映画ではデネソールはオスギリアスから撤退したファラミアにオスギリアスを奪回しろという無茶な命令を下し、ファラミアは騎馬で矢の雨の中に突っ込んでいきました。しかしこんな馬鹿な命令をくだしたわけありません。デネソールの狂気を際立たせるための演出でしょうが、デネソールはまだ正気でした。あのような命令を下すわけはないのです。それにしても映画のミナス=ティリスとオスギリアスの距離は近すぎます。あれではすぐお隣みたいですが、実際はかなり離れています。
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2008年02月09日

【指輪物語豆知識(95)】<ペレンノールの戦い(8)>ファラミア

ファラミアたちが城門をくぐったことを確認したピピンは、かれらがデネソール大侯に会いにいくに違いないと考え、城砦の門に向かいました。まもなく「ファラミア!」「ミスランディア!」と口々に叫ぶ人々とともに名を呼ばれていたふたりがうちそろって騎乗してやってきました。
ピピンはこのときファラミアを初めて見たのですが、ファラミアがその兄のボロミアにいかに似ているかにすぐ気づきました。そしてこの疲れ果てた貴公子に対して、突然ピピンの心はかつて覚えのない感動で満たされたのでした。ここにいるのは、アラゴルンが時として垣間見せる神秀高潔な風格を具えた人でした。もっともアラゴルンほど高貴な血筋ではなく、かといってアラゴルンほどのうかがい知れない大きさや近づきがたさを感じさせませんが、後代に生まれた人間の王たちの一員でもありながら、エルフたちの知恵と悲しみをも覗かせるという人柄でした。ベレゴンドが敬愛の念を込めてかれの名を口にした理由がピピンには今わかりました。かれはたとえ黒い翼の影の下であろうと、人々がそのあとについていこうとする大将の器でした。
ファラミアとガンダルフは城砦の門前で馬をおり、ピピンもガンダルフに共に来るように言われて、3人いっしょにデネソールの執務室に向かいました。

執務室ではファラミアは父デネソールの左の低い椅子に座り、その反対側の木の椅子にガンダルフが座りましたが、ガンダルフは最初居眠りをしているかのように見えました。最初のうちのファラミアの報告は、かれが10日前に遣わされた用向きのことだったからです。ファラミアはレンジャー部隊を指揮し、イシリアンの野を進み、黒門近くまで偵察に赴き、ここに増援として南の国からやってきたハラドリムの部隊をその戦象であるムマーク(注1)もろとも撃破したことどもでした。これら選りすぐりのレンジャー部隊はファラミアが伴ってきた3人を除き、すべてオスギリアス防衛の増援に送り込んだとのことでした。
それらの報告が一段落したあと、ファラミアはピピンを見ながら驚くべきことを言いました。
「ここにいる小さい人は、わたしが初めて会う小さい人ではないのです」
これを聞くやガンダルフは背を真っ直ぐにして座り直し、椅子の腕木を握り締めました。モリア以来、フロドたちの消息を初めて聞くのです。

ファラミアはイシリアンでフロドとサムに出会い、最初は敵陣近くにうろつくフロドたちを怪しみましたが、説明を聞いて納得し、長い話をするにはここは危険だと、レンジャーたちの隠し砦であるヘンネス・アンヌーンの洞窟に案内し、賓客としてもてなしました(注2)。その過程でファラミアはフロドが何かを大事に運んでいることに気づきますが、警戒するフロドに対し、いかなることがあろうとその大事なものを奪うようなことはしないから安心していいと言いました。そしてそれがかの「一つの指輪」であることに気づいたあとも、心配なされるな、私は約束したことは守る、とそのままフロドに持たせたのです。映画でもサムが言っている「お人柄を示されました」というせりふは、そのときにサムが言ったものです。そして別れるにあたってファラミアはふたりに、きつい道中の助けになるでしょうと、レベスロンで作った杖と、日持ちのする食糧をふたりが持てるだけ持たせてくれました。そして、今後執政によって訂正されないかぎり、あなたがたふたりはゴンドール領を自由に通行されてよろしい、と通行許可まで出しています。

「わたしのやったことはこれでよかったでしょうか?」
最後にファラミアがデネソールに聞きました。デネソールは不機嫌に答えます。
「これでよかったかだと? そなたは予の前ではへりくだった態度を見せながら、もう久しく以前から予の判断を仰ぐことなく好き放題にしておったわ」
デネソールはほかの人に対してはそうでもないのですが、どうもファラミアに対しては原作においても厳しい父親であったようです。でもこの感慨は現在でもすべての父親が子供たちに抱いている気持ちではないでしょうか(笑)。
デネソールはその「指輪」は持ち帰るべきであったと言います。しかしけっして使うことはなく、ミナス=ティリスの奥深くに隠しておくべきだと。冥王に奪われる危険がもっとも高いモルドールに持ち込むなど狂気の沙汰だという意見です。ミナス=ティリスが落ちたとしたらどのみちもうサウロンの手からこの国を守るすべはなくなるのだから、ここに置けばよいのだというのです。
ガンダルフはそれに反対し、もし指輪を手にしたが最後、殿は堕落してしまうだろうといさめます。
どちらにしても指輪は手元にないのですから、言い合ってもしかたのないこと。退出しようとするファラミアが疲労のあまりよろけて父の椅子にもたれかかるのを見たデデネソールは、息子をきづかって言いました。
「疲れておるようだな。急遽それも空飛ぶいまわしき影の下を馬を駆けさせてきたというではないか」
「そのことを話すのはよしましょう!」
「では話すまい。もう退がって休むがよい。明日はさらにきびしく差し迫った事態を迎えることになろうから」

                                *

(注1)ムマーク(ムマキルの単数)はハラドリムの言葉。英語ではオリファント(Oliphaunt)、サムが言うところの「じゅう」のことですね。体長は、成獣で約70フィート(21.34メートル)といいますからとんでもなく大きな象です。
(注2)映画のように捕虜のようにひったてるなどとはとんでもない。お客様として丁重に案内しています。
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2008年02月06日

【指輪物語豆知識(94)】<ペレンノールの戦い(7)>守護の塔

話はミナス=ティリス(「守護の塔」の意味)に移ります。

3月9日、ミナス=ティリスに到着したガンダルフとピピンは、即座に執政デネソール侯の前に通されました。
デネソール侯は愛息ボロミアの最期に立ち会った小さい人の話を隅から隅まで聞きたがりました。旅の仲間の内でピピンほどボロミアを愛し尊敬していた者はほかにいませんでした。ピピンはそのボロミアの最期を語るに際して、そのボロミアへの愛とそんな彼に命を救われた大きな恩を思い、少しでもその恩に報いたいと感じました。そこでピピンは、非力ではあるが役に立てることもありましょうと、デネソール侯に臣従の誓いをたて、ここにピピンはゴンドールの兵としてデネソールに仕えることとなったのです。
1時間にわたる話のあと、デネソールはガンダルフとピピンに家を与え、ガンダルフにこう言いました。
「ミスランディア殿(注1)よ、あなたもよければいつでもおいでいただきたい。いつなりとあなたが予の許に参られるのを、何人(なんびと)も妨げはせぬ。老いの身の愚かしさに腹も立てられようが、それは水に流し、予を慰めるべく戻って来ていただきたい!」
どうです、実に紳士的ではないですか。最愛の息子の最期を聞き取った直後でこの対応です。映画はちょとひどいよなあ(笑)。
このあとにピピンは白き塔の近衛兵ベレゴンドと知り合い、友人となるのですが、このことは別稿で少し触れました。その日のうちにはベレゴンドの子息ベアギルとも友達になります。ベアギルはピピンに「やあ。きみはいくつ? ぼくはもうすぐ10歳になるんだよ!」と初対面のとき聞きました(笑)。同じぐらいの年齢に見えたのでしょうね。

3月10日。太陽は昇らず、暗い一日が始まりました。ピピンがデネソールに召され出頭すると、武器庫に行って、白の塔の制服と装備一式をもらい受けてくるように言われました。
武器庫に行くと、あらかじめ命じられていたため、ピピンの体格にあった装備が用意されていました。鎖帷子は真っ黒に染められており、その上に羽織る陣羽織も真っ黒、陣羽織の前面には、白の木の上を七つの星が天蓋のように覆い、その上に王冠が銀で縫いとられていました。これぞゴンドール王家の紋章(注2)。王いまさぬ今、この紋章を身につけられるのは、ゴンドール軍の中より選ばれた、白の塔の近衛兵のみという名誉あるいでたちでした。そして山高の兜は独特のデザインで、両側に烏の小さな翼がついており顔にぴったりついた長い頬当ての上には海鳥の白い翼を配し、兜鉢の中央には銀の星がはめこまれていました。そしてこの兜は銀の炎のように輝いていました。なぜならこの兜は遠い昔にミスリルで作られたものでしたから(注3)。
この塔の衛士の装束に身を固めたピピンは、ゴンドールの人々が早くも噂をしている「エアニル イ フェリアンナス」すなわち「小さい人の国の王子」に見えなくもありませんでした。そしてこの「王子」は執政の小姓としてデネソールの身の回りの世話をすることになりました。

この日の夕方、ピピンはようやく休憩をもらえました。いつ用をいいつかるかと緊張しながら近侍し、用を言いつけられれば、空腹状態で(いつもですが(笑))お客様の食事の給仕をするというホビットにとっては悪夢のような仕事だったりでクタクタに疲れてしまいました。
ピピンは城壁の上に出て、きのうベレゴンドと語り合ったベンチのあるほうにいきましたが、そこには非番のベレゴンドもいました。ふたりはしばし歓談し、ファラミアに心酔している様子のベレゴンドはしきりにファラミアの身を心配していました。ファラミアは配下のレンジャー部隊を率いて、モルドールの黒門近くまで強行偵察に出たまま、いまだに戻らないのです。

そんな話をしているふたりは、突然に不安と恐怖に襲われて身をすくませました。ベレゴンドは立ち上がり、城壁から下を見下ろし、ピピンに見てごらんなさいと言います。ピピンがおそるおそる下を見ますと、城壁より低い場所を大きな影が飛びまわっているのです。その5つを数える黒い影は、首の長いおぞましい羽のある獣にうちまたがった黒の乗り手=ナズグルだったのです。
そしてベレゴンドが「あれを!」と指差した先には、ペレンノールの野を都に向かって疾走する4人の騎馬の者たちがいました。下を飛んでいたナズグルたちもそれに気づいたらしく、その4人に向かいました。するとそれを認めた騎馬の者のひとりが馬を停め、高々とラッパを吹き鳴らしたのです。
「ファラミア様だ!」
ベレゴンドはファラミアのラッパの音を聞き分けて叫びました。
騎馬の4人はまた急ぎ城門に向かいますが、ファラミア以外の3人の乗馬が恐怖のあまり棒立ちとなり、3人を振り落としてしまいました。落ちた3人は走って門に向かいます、ファラミアも部下を気遣って、足で走る部下たちに速度を合わせます。そこにどんどんせまるナズグルたち。とうてい間に合いそうもありません。
「あ、おぞましいやつのひとつがあのお方に向かって襲い掛かっていく! 助けて! 助けて! あの方のところに出ていく者はおらぬのか? ファラミア様あ!」
ベレゴンドはそう叫ぶと城門に向かって走り始めました。
ピピンがなお留まってことの成り行きを見ていますと、白銀の光が北のほうからひらめいたのが見えました。光は矢のような速さで動き、近づくにつれて大きくなり、たちまちのうちに城門に向かって逃走する4人といっしょになりました。ほの白い光が広く周りに放射して、重苦しい薄闇もその前には退くのがピピンには見えました。
「ガンダルフだ!」ピピンは叫びました。「もっとも望みがなくなったときにいつも現れるんだ! さあ、やってくれガンダルフ! 白の乗り手よ!」
ガンダルフを認めたナズグルのひとりがガンダルフに襲い掛かりました。ガンダルフは片手を挙げ、そこから白い光の箭(矢)が刺し貫くように上空に向かって放たれました。ナズグルは長い号泣するような叫びをあげると進路からそれて飛び去りました。それと同時に残った4羽も浮き足立ち、螺旋を描いて上昇すると東のほうに飛び去っていきました。

                        *

(注1)シンダール語のミスランディアは「灰色の放浪者」という意味で、ゴンドールの人々はガンダルフをこの名で呼びました。
(注2)アルウェンの作った「姫の旗」と同デザインです。
(注3)ゴンドールの王冠は、この兜と同じデザインでした。
posted by ラリエン at 09:49| Comment(3) | TrackBack(0) | 指輪物語豆知識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月03日

【指輪物語豆知識(93)】<ペレンノールの戦い(6)>亡霊軍

3月8日、馬鍬砦を未明に出発した一行は真夜中になってようやくエレヒの丘に到達しました。
エルロヒアがアラゴルンに角笛を渡し、アラゴルンはその角笛を高らかに吹き鳴らしました。すると四方からそれに答えるいくつもの角笛の音が聞こえたような気がしましたが、それはあたかもずっと遠く深い洞窟に響くこだまのようでもありました。ほかには何の物音も聞こえませんでしたが、それでもみんなは自分たちの立っている丘の周りが、すっかり軍勢で囲まれていることに気づきました。
アラゴルンは馬から降り、エレヒの石のそばに立って、大音声で呼ばわりました。
「誓言破りし者らよ、なぜに汝らは来た?」
すると夜の闇の中からそれに答える声が聞こえました。すっと遠くからのように。
「われらの誓言を果たし、安らかに眠らんために」
「遂に時は来た。予はこれよりアンドゥインのほとりペラルギアに向かう。汝らは予に従い来(きた)るべし。この地よりサウロンの下僕たちの掃蕩されたる暁には、予は誓言の果たされたものとみなし、汝らは平安を得て、とことわに離(さ)りゆくべし。予はゴンドールのイシルドゥアの世継エレスサールなれば」
アラゴルンはそう言うと、ハルバラドに命じて大きな「姫の旗」を広げさせましたが暗闇のために、それは無地の真っ黒い旗に見えました。

石のぞばで仮眠をとったあと、3月9日の夜明け、一行は馬上に戻り、だれひとりとしてかつて経験したことのないような迅速の極、疲労の極になるような旅に出発しました。このような強行軍に耐えられる人間はドゥネダインを除いてはおらず、また強靱な精神力をもつエルフと頑健な体力をもつドワーフにしかなしえない旅でした。

彼らの行く手に住む人々は死者の王が来ると恐れおびえ、町からも野からも姿を隠して逃げていきました。9日はまだ日の光がありました。しかし10日にはもう日が昇りませんでした。それはモルドールから黒く厚い雲が流れ出て、日の光を遮断しはじめたからでした。オークやトロルは日の光を嫌います。そのために進軍する下僕たちのためにサウロンが謀ったことでした。つまりそれはモルドールの軍の進軍が始まったか、まだにしてももう間もなくに迫っているということなのでした。
3月11日、リンヒアの地でゴンドール領ラメンドンの人々が川を遡ってきたウンバールとハラドの兵と戦っているのに出会いましたが、敵も味方も死者の軍勢におびえて逃げ去ってしまいました。ただラメンドンの領主であるアングボールだけは踏みとどまる勇気をもっており、アラゴルンは身分を明かしたうえで、兵を集めていっしょに来るように言いました。こうして人間の味方も得て、一行は逃げ去ったモルドールの同盟軍を蹴散らしながら南下を続けました。

3月13日、ついに彼らはレベンニンの野を横切り、ペラルギアに至りました。ペラルギアにはアンドウィンの大河に大きな港があり、ここにウンバールの海賊船団が集結していたのです。そこには大型船50隻に、数知れない小型船が集まっていました。
これらモルドールの同盟軍は先頭のアラゴルンと人間の兵を見ると、最初は迎え討とうとしました。彼らのほうが大軍だったからです。しかしそれはアラゴルンが大音声で死者の軍を呼ぶまでのことでした。
「いざや来たれ! 黒の石にかけ、われは汝らを召集する!」
いちばん後ろにひかえていた死者の軍勢はその声を聞くと灰色の波のように突撃し、前にあるものをなんであろうと一掃してしまいました。剣を抜いている死者もいましたが、もはやそのようなものも不要でした。彼らの最大の武器「恐怖」の前に、海賊どももハラドの兵も逃げまどうしかできなかったからです。
死者の軍は水上をも地上のごとくすべるように渡り、海賊の船団に押し寄せました。船に乗り込んでいた者どもは、鎖につながれた漕ぎ手の奴隷を除いて、ことごとく水中に飛び込んで逃げようとしましたが、岸までたどりつけた者はそう多くありませんでした。たどりつけた者、陸上にいた者たちはわれ先にと南へ、彼らの故郷に命からがら逃げ散っていきました。
この騒ぎのうちに炎上する船もありましたが、ほとんどの船は鹵獲され、アラゴルンは各船にドウゥネダインを使わして奴隷を解放すると共に船を確保させました。

そうしてからアラゴルンはラッパを高らかに鳴り響かせ、死者の軍勢を呼び集めて大音上で言いました。
「今ぞイシルドゥアの世継ぎの声を聞け! 汝らの誓言は成就せられたり。戻りて二度とかの谷間の地を騒がすことなかれ! 行きて永遠(とわ)の眠りにつくべし!」
するとすぐに死者たちの王がくっきりと姿を現し、持っていた槍を折って捨てて、それからアラゴルンに一礼して去っていきました。それと共に灰色の軍勢はひとり残らず靄のように撤退して消えうせたのです。

さてこの地には敵の手に捕らわれていた大勢の捕虜・奴隷がいました。かれらは即座に解放され、さらにゴンドールの南の領土から続々と人々が押しかけてきました。騎馬に乗ってくる騎士たちも多くいました。かれらはいままでミナス=ティリスに駆けつけようにも、陸にあってはモルドールの防衛線に阻まれ、水上はウンバールの海賊に封鎖され、なすすべがなかったのです。アラゴルンはそうした人々を武装させて鹵獲した船団に乗り込ませました。いまや水路は開けているのです。
こうして翌3月14日、アラゴルンは早々に錨をあげさせ、船団は一路ミナス=ティリスへとアンドゥインの大河を遡上し始めたのです。いまや漕ぎ手座につくのは奴隷ではなく、自由の民でした。自らの都を救うために、その力は何倍にも発揮されたのです。しかしそれでも間に合うかどうかアラゴルンは焦燥にかられていました。
posted by ラリエン at 12:32| Comment(3) | TrackBack(0) | 指輪物語豆知識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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