2008年04月30日

【指輪物語豆知識(122)】<戦後の国々>

指輪の仲間たちの指輪戦争後のことについて前回までで語りました。ここではそこでも語りつくせなかった指輪戦争後の主なできごとについて書いてみたいと思います。まだ第3紀が続いているころ、指輪棄却の前から原作本編で書かれなかったさまざまなことが起こっています。

ミナス=ティリスを大軍が包囲したのと時を同じくしてといいますから、第3紀3019年の3月14日のころ、モルドールの北方派遣軍が谷間の国を襲います。これは北から避け谷に侵攻しようと計画していたモルドール軍が、行く手に立ちふさがる谷間の国を攻撃したものでした。
谷間の国のブランド王(注1)は、エレボール(はなれ山)の山の下王国のドワーフ王・鉄の足のダインに救援を求めます。こうして谷間の国の合戦が起こり、人間とドワーフの連合軍がモルドール軍を迎え討ちます。
戦いは熾烈を極め、乱戦のさなかにブランド王も鉄の足ダイン王も戦死してしまい、人間もドワーフも共にエレボールまで撤退し、ここで敵の包囲のなか、抵抗を続けます。そしてついにサウロンが滅んだ知らせが届いたとき、モルドール北方派遣軍は驚き騒ぎ士気を喪失し、連合軍は勇気百倍となってエレボールを撃って出て敵をさんざんに打ち負かします。
こうして3019年3月27日にモルドール軍を駆逐することに成功したのです。
その後両国は、谷間の国はブランドの息子・バルドU世を、山の下王国はダインの息子・石の兜トーリンV世を新たに王に戴きました。ふたりの王はエレスサール王の戴冠には使者を送り、両王国はその後国の存続するかぎりゴンドールと友好関係にありました。そして両国とも西方の王の王権と保護のもとに置かれました。

ロスロリアンもまたモルドールの闇の森の砦ドル・グルドゥア(注2)より出撃したモルドール軍により、3回にわたって攻撃されました。しかしこの地にある力の指輪ネンヤを帯びたガラドリエルの力は強大で、3度とも退けることができました。それでもこの攻撃のためにロスロリアン外辺の美しい森は痛ましい損傷を受けました。

闇の森の北辺、スランドウイル王の森のエルフの王国もまた攻撃を受け、樹下で激しい戦いが繰り広げられましたが、サウロンが滅びるのと共にスランドィル王はモルドール軍を打ち破り、王は残敵を掃討しつつ闇の森を南下し始めました。

一方ロスロリアンではサウロンが滅びたあと3019年の3月28日、ケレボルンの率いるロリアン軍は多数の船を用意してアンドゥインの大河を渡り、ドル・グルドゥアに攻め込みます。そしてドル・グルドゥアの強固な城壁はガラドリエルの力によってすべて崩れ去り、エルフ軍は砦になだれ込み、赫々たる大勝利を収めます。

ケレボルンは闇の森を北上し、そしてエルフの新年である4月6日に闇の森の真ん中でケレボルンとスランドウィルのふたりのシンダール・エルフは出会うのです。
ふたりは闇の森をエリン・ラスガレン、すなわち「緑葉の森」と命名しなおし、以後この森はその名で呼ばれることとなります。そうしてふたりは協議して、スランドウィルはこの森にそびえる山脈から以北の区域を己が領土とし、ケレボルンは狭隘部から下の南の森をとり、ここを東ロリアンと名づけました。そのふたつの地域の中間の広大な森林は、ビヨルン一党(注3)と森の人たちに与えられました。

                             *

(注1)『ホビットの冒険』において竜・スマウグを退治したのが谷間の国中興の王となったバルドでした。バルドのあとは息子バインが継ぎます。ブランドはバインの息子でバルドから数えて3代目の王です。
(注2)この砦には一時サウロン自身が潜み、そのためにかつて緑森大森林と呼ばれていたこの地は、闇の森と呼ばれることになったのです。この砦を預かっていたのはナズグルの副官的地位にあったハムールでありました。ハムールは魔王とともに原作で名前のわかっているふたりのナズグルのひとりで、かつてホビット庄を訪れて「バギンズ」を探したのはこのハムールだといわれています。
(注3)ビヨルンについては項を別に立てたいと思います。
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2008年04月27日

【指輪物語豆知識(121)】<戦後の仲間たち(6)>レゴラス

レゴラス(Legolas 生没年不明)
父は闇の森のスランドゥイル王。母親兄弟は不明です。
別の呼び名:緑葉のレゴラス。といってもレゴラスというのはシンダール語で「緑の葉」の意味ですのでまんまですね(笑)。
父の闇の森のエルフの王スランドゥイルは、『ホビットの冒険』においてドワーフたちを軟禁した「エルフの王」と同一人物のはずで(『ホビット』では名前が出てきません)、レゴラスもあの場にいたのではないかな。
原作にレゴラスの年齢に関する記述はありませんが、映画設定では2931歳になっています。
映画ではえらくシリアスにかっこよく描かれていますが、原作ではかなり軽いノリで(笑)、まじめなギムリをしょっちゅうからかっていました(注1)。サムの言う「陽気なエルフ」の代表かな。そしてとても爽やかで王子なのに気さくで、闇が被いつつある中つ国ではホっとする人物に描かれています。後半になると登場回数が減るので、トールキン教授に「もっとも功績の薄い者」などというひどい評価を受けましたが、あなたが書いたんでしょう(笑)。

指輪戦争後レゴラスは、フロドとサムを慰労し讃える宴が開かれたイシリアンの土地に魅せられ、父王の許しを得て、闇の森のエルフの一部の者たちを率いてイシリアンの地に王国を築きます。王国を築いたあともギムリを訪ねて燦光洞に何度も出向いて友情を確かめ合いました。またミナス=ティリスにも何度も足を運んでいるようです。
イシリアンのエルフの国は大変美しい国となりましたが、その一方、亡霊軍とともにベラルギアの港湾都市を攻めたおりに鴎を見て海風を感じて以来、レゴラスの心に海への憧れが強く育っていました。かつてガラドリエルがガンダルフに託したレゴラスへの予見の言葉どおりでした。その伝言はこういうものでした。

「緑葉なるレゴラスよ、そなたは長く木の下に喜びもて暮らしたりき。海に心せよ!
岸辺にて鴎の啼くをきかば、そなたの心はその時より森に休らうことなかるべし。」

その海への、しいては西方アマンへの憧れは、ついにエレスサール王が崩御されると、中つ国への愛を上回り、レゴラスはイシリアンの地で西方へ渡るための船を作り始めます。


そしてレゴラスはこの船出にギムリを誘ったのです。そこにどういう会話がなされたのかはわかりませんが、ギムリもまたレゴラスの誘いを受け入れ、こうしてレゴラスとギムリはイシリアンを船出してアンドウィンの大河をくだり海へと船を出し、このふたりを最後として中つ国に指輪の仲間は誰もいなくなったのでした。
船出したときギムリは262歳だったといいますから、それはエレスサール王崩御の年、第4紀120年のことであったということになります。

ドワーフのギムリが西方アマンに迎え入れられた理由としては、レゴラスとの友情以上に、ノルドールの王女ガラドリエルの口添えがあったからではないかと言われています。ギムリもまたレゴラスの誘いを受け入れた背景には、敬愛してやまぬガラドリエル様にお会いしたいという気持ちがあったのではないでしょうか。

                               *

(注1)ファンゴルンの森でのこと。ガンダルフがガラドリエルに託された伝言のうちギムリへの伝言を危うく伝え忘れそうになったとき、ギムリは「わたしへの伝言はないのですか?」とガンダルフに尋ねましたが、そのおりにもレゴラスは横から「君はあのお方に君の死のことをあけすけにいってもらいたいというのかね?」などとからかっています(笑)。ギムリはその問に「そうとも、ほかに何もいってくださることがなければね」と答えています。
なおガラドリエルがギムリにあてた伝言はこういうものでした。
「グローインの息子、ギムリへ。かれの敬愛を受ける妃からの挨拶を送る。わが捲毛を持つ者よ、そなたの行く所いずこへもわが思いはともにあり。されどそなたの斧をあてる木を過たざらんよう心せよ!」
posted by ラリエン at 02:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 指輪物語豆知識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月26日

【ゲーム内イベント】弾き語り演奏会 in A

ええと、まずNサーバーの演奏会はきょう4月26日です^^
Nの方ぜひいらしてね。日にち以外は↓と同じです。

そしてAサーバーのほうの予告です。

     ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

今回はホビット・ソングを集めて、歌い手にもホビット男子を用意いたしました(笑)。
どうか皆様聴きにいらしてくださいね。

                      
        【弾き語り演奏会「ホビットの歌」】

原作に数ある詩の中から、ホビットに関する詩を、映画音楽やクラシックなどの名曲に載せて歌います^^。

●サーバ:Aeglos
●主 催:弾き語りバード:ラリエン
●歌い手:歌う農夫:ラロ
●日 時:5月10日(土曜)22時半開演(1時間から1時間半予定)
●会 場:ブリー村水鏡の泉横ステージ

ホビットの歌うホビットの歌をぜひ聴きにきてください^^
サムの歌う「トロルの小歌」をはじめ、全12曲の予定。
恥ずかしながらラリエンの作詞も1曲ございます。
posted by ラリエン at 02:32| Comment(0) | TrackBack(0) | イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月24日

【指輪物語豆知識(120)】<戦後の仲間たち(5)>ギムリ

ギムリ(Gimli 第3紀2879年〜)
尊称:エルフの友(注1)。父はグローイン。母親は記述がありません。ドゥリンの一族で王族です(4代前のボーリンがダインT世王の弟)。
兄弟も配偶者もいません(ドワーフの女性は数少なく、生涯結婚しないドワーフ男性は大変多かったのです)。
『ホビットの冒険』当時すでに62歳になっていましたが、まだ子供だとされて(!)当人の意思に反して置いていかれました(笑)。指輪棄却の旅に出たときは139歳でした。
映画ではかなり粗野に描かれていましたが、原作では大変まじめな性格で、ボロミアに負けず礼儀正しい人物です(原作のボロミアは大紳士ですよ!(笑))。

ギムリは角笛城の戦いのおりに敵に追い込まれた燦光洞(シンダール語ではアグラロンド)の美しさに惚れ込んでしまいます。
「人間たちはこの地に北方世界の驚くべき宝の一つを持っている。それのことをかれらはなんといっていると思う? 洞窟だとさ! 洞窟などとほざいてるんだ。ねえレゴラス君、あんたはヘルム渓谷の洞窟が限りなく広く美しいことを知っているかい? こんなものが世にあるって知れていたら、一目これを見ようとドワーフの拝観者がひきもきらず続くだろうよ。一目見るためにはまじりっけなしの金だって支払うさ!
広大な大広間がいくつもいくつもあって、それがリンリンと鈴のような音を立てて滴り落ち池となる、尽きることのない水の音楽で満たされているんだ。その池の美しいこと、星明りに照らされたケレド=ザラム(注2)に並ぶぐらいだ。
そしてね、レゴラス、たいまつに火が点され、人々が円天井の下の砂の床を歩くだろう、ああ! するとね、レゴラス、宝石や水晶や貴金属の鉱脈が磨かれた壁面に現われてぴかぴか光るのだ。それから襞のある大理石を透かして明かりが燃えるのだ。ちょうど貝殻を透かすようにね。ガラドリエル様の現身(うつしみ)の御手のように透き通ってるんだよ。それからレゴラス、円柱がある。白に鮮やかなサフランの黄色、暁のばら色、それらが夢のような形にねじれたり、溝がついたりしてるのだ。それらの柱はさまざまな色合いの床からにょきにょきと伸びて、天井から下がっているきらめく吊り飾りと出合っててね。その吊り飾りは翼のように張り出してるのもあり、ロープのように垂れてるのもある。また凍った雲とも見紛うばかりの目の細かなカーテンもある。槍があり旗があり、吊り下げられた宮殿の尖塔がある! 静まりかえった湖がそれを映してるんだ。ちらちらと光を放つ世界が透明なガラスでおおわれた暗い池から上を見てるんだ。町また町。ドゥリンがその眠りにおいてすらほとんど想像もできなかったような町が大通りを通り、柱で支えた中庭を通り、どこまでも続き、しまいにどんな光も届かぬ暗い奥のくぼみに終わる。それからポツン! 銀の雫が一滴落ちる。するとガラスに丸い波紋が広がって、塔という塔がゆがみ、まるで海の岩屋の中の海草や珊瑚のようにゆらぐのだ。やがて夕方がくる。すると水の中の姿は光が薄れ、きらめきも消える。たいまつは別の部屋、別の夢の中に入っていく。ねえレゴラス、部屋また部屋、そして広間は広間に続き、円天井のあとに円天井がつぎ、階段の向こうにまた階段が連なる。それでもなおくねくねと折れ曲がる道は山脈の中心部まで続いているのだ。洞窟だって! ヘルム渓谷の洞窟がだよ! あそこを去ると思うと涙が出てくるよ」
ギムリ興奮しまくりで、原作最長じゃないかと思われるせりふを一気にまくしたてています(笑)。
このギムリの御執心ぶりを知ったエオメルは、指輪戦争のあとにギムリに燦光洞を領地として譲るのです。ギムリは一族のドワーフをこの地に呼び寄せ、戦禍で荒廃したミナス=ティリスの復興に、ドワーフの匠を数多く送り力を貸します。グロンドに破壊されたミナス=ティリスの城門は以前に増して美しく堅固なものに仕上がりました。
ギムリの燦光洞の王国はこの後も南北統一王国に建築・修復の専門家集団として協力し、また商業にも深く関わりましたので、第4紀におけるもっとも栄えたドワーフ王国となりました。

                                 *

(注1)ギムリはレゴラスとの友情、そしてガラドリエルへ抱く敬愛の念によりエルフたちから「エルフの友」と呼ばれるようになります。実は「エルフの友」と呼ばれるのは大変名誉なことなのです。過去にはビルボとフロドがこう呼ばれました。もちろんドワーフとしては空前絶後であったでしょう。
(注2)ケレド=ザラムはドワーフの言葉で、共通語では「鏡の湖」と呼ばれます。霧ふり山脈の麓ナンドゥヒリオンにある湖で、この湖の縁にドゥリンT世が立って、王位に就く幻影を見ました。それ以来この地はドワーフの聖地として崇拝されています。モリアを出た直後、ギムリに誘われてフロドも見に行っています。
posted by ラリエン at 09:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 指輪物語豆知識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月21日

【指輪物語豆知識(119)】<戦後の仲間たち(4)>メリーとピピン

メリピピとコンビで呼ばれることの多いメリーとピピンについて、ここでもひとまとめにさせていただきます。

メリアドク・ブランディバック(Meriadoc Brandybuck ホビット庄暦1382年〜)
通称:メリー。尊称:偉丈夫。父はサラドク・ブランディバック、母はエスメラルダ・トゥック。
サラドクの父ロリマック・ブランディバックの妹プリムラ・ブランディバックがフロドの母親にあたります。兄弟姉妹はいません。フロドより14歳の年少(指輪棄却の旅に出たときは36歳)。
指輪戦争の後に親友のひとりフレデガー・ボルジャーの妹エステラ・ボルジャーと結婚しました。残念ながら子供については記述がありませんが、子供がいたことは確かです。
ホビット庄暦1432年(4紀10年)にバック郷の領主というべき「館主」となります。この際、ローハンのエオメル王とイシリアン大公(ファラミア)夫人エオウィンから、見事な祝いの品々が贈られてきました。
館主として責務を全うするかたわら、いくつもの本を書いています。郷土の植物についての『ホビット庄本草学』(序章はパイプ草について)、『ホビット庄の古語および古名』などを著し、大スミアルに保存されていた古い膨大な文献をメリーが編纂した『西国年代記』などが有名です。


ペレグリン・トゥックT世(Peregrin Took ホビット庄暦1390〜)
通称:ピピン。愛称:ピップ。父はパラディン・トゥックU世、母はランティン・バンクス。
4人きょうだいの末っ子で、兄姉にパール、ピンパネル、ペルヴィンカがいます。
指輪戦争後、ダイアモンド・ロングクリーブと結婚しています。子供にファラミア・トゥックT世。
メリーは父方の従兄にあたります。また、ピピンはフロドの母方の祖母の兄の曾孫にあたります。フロドより22歳の年少(指輪棄却の旅に出たときは28歳。ホビットは30歳で成人なので、指輪の仲間のなかで唯一の未成年でした)。
1430年(8)息子ファラミアT世が産まれます。
1434年(12)末っ子にもかかわらずピピンがトゥック一族の家長となり、セインの職を継ぎます。
1463年(43)ピピンの息子ファラミアT世、サムの娘ゴルディロックス(金捲毛)と結婚。なおサムの娘は全員金髪だったそうです。


さて、このあとのお話は、メリーとピピンが一緒になります。

1484年(62年)ローハンからバック郷のメリアドクに連絡があって、ローハンのエオメル王がホルドヴィネ殿にもう一度会いたいむねを伝える。

この年、ローハンのエオメル王は92歳、メリーは102歳、ピピンは94歳。メリーはまだ矍鑠(かくしゃく)としており、ピピンに相談をします。そこでふたりはそれぞれの息子たちにその職(館主とセイン)と全財産を譲り、共にローハンへと旅立っていきます。
いつ到着したのかは不明ですが、この連絡を受けてから2年後、4紀64年にエオメル王は94歳で亡くなります。メリーとピピンはエオメル王の晩年を共に過ごすことができたようです。
エオメル王が亡くなられたあとは、ふたりしてミナス=ティリスに移ります。これはピピンの勧めだったのではないでしょうか。ミナス=ティリスの近くのエミン・アルネンのイシリアン大公の館にはエオウィンもいるのですから、エオウィンの勧めであったのかもしれません。また、当然親友エオメルの葬儀にはアラゴルンも出席しているはずですので、エレスサール王自らの誘いであったのかもしれませんね。
ともかくこうしてメリーとピピンはミナス=ティリスに移り、そこで晩年を「馳夫さん」らと過ごすことができました。
かれらふたりはホビット庄に戻るつもりはなく、その最期をゴンドールの都で迎えたのです(注1)。そしてふたりの小さい人の亡骸(なきがら)は敬意をこめて、ゴンドールの諸王が眠るラス・ディネンの墓所に葬られました。
さらには第4紀120年(ホビット庄暦1541年)3月1日にエレスサール王が崩御されると、メリアドク、ペレグリン両氏の棺台はエレスサール王の棺台に並んで安置され直され、メリーとピピンは旧友の馳夫さんと並んで眠ることになったのです。

                                * 

(注1)ふたりがそれぞれいつ亡くなったのかは記述がありません。
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2008年04月18日

【指輪物語豆知識(118)】<戦後の仲間たち(3)>サム(2)

ホビット庄暦1436年(第4紀15年)、エレスサール王はブランディワイン橋まで来られてホビットの友人たちと再会されますが、自ら定めた「人間はホビット庄内に立入り禁止」の勅を守り、ホビット庄内には足を踏み入れませんでした。
この来駕のおりに、王はサムに「ドゥネダインの星」と呼ばれるものを贈ります。たぶん宝石ではないのかな。
また、サムの長女のエラノールをアルウェン王妃付の侍女に任命します。この場ではエラノールを実質を伴わない名誉職として侍女に任じただけなようですが(エラノールはまだ16歳です。ホビットの成人は30歳ですから、まだ少女ですね)、エラノールは後に21歳のおりに、サム夫妻に伴われてミナス=ティリスを訪ね1年滞在しますので、その際には侍女としてアルウェン王妃の身近に仕えたかもしれません。
ホビット庄一の美女として「美しのエラノール」と呼ばれ、ホビットというよりもエルフの乙女のようだったという金髪のエラノールはミナス=ティリスでさぞかわいがられたことでしょう(^_^)。

エレスサール王からの手紙にもサムの子供たち8人の名前があがっていますが、サムとローズにはエラノールを筆頭として、21年間で13人の子が授かったのです。すごいなあ(笑)。
その子供たちの名前をあげてみましょう。年の順に書き( )内にホビット庄暦による生年を、男子は●、女子は○で表わしました。

○エラノール(1421)、●フロド(1423)、○ローズ(1425)、●メリー(1427)、●ピピン(1429)、○ゴルディロックス(金捲毛 1431)、●ハムファスト(1432)、○デイジー(1433)、○プリムローズ(1435)、●ビルボ(1436)、○ルービィ(1438)、●ロビン(1440)、●トルマン(トム 1442)

どこかで見たような名前が並んでいますね(笑)。長男フロドはサムの跡を継ぎ庭師となりました。

1441年(19)サムワイズ殿、三度(みたび)庄長となる。
1442年(20) サムワイズ殿とその妻ローズ及びその娘エラノール、ゴンドールに赴きかの地に1年滞在する。
1448年(26) サムワイズ殿、四度(よたび)庄長となる・
1451年(29)美しのエラノール、向が丘連丘緑樫のファストレドと結婚する。
1452年(30)向が丘連丘から塔山丘陵(エミン・ベライド)に至る西境は、王の贈与によってホビット庄に加えられる。多数のホビットがこの地に移住する。
1454年(31)ファストレドとエラノールの息子、髪吉エルフスタン産まれる。
1455年(35)サムワイズ殿、五度(ごたび)庄長となる。サムワイズ殿の願いにより、セイン(ピピン)はファストレドを西境の区長に任命する。ファストレドとエラノール、塔山丘陵の塔の下に居を構える。この地に、かれらの子孫、塔の下の髪吉一族、子々孫々にいたるまで居住する。
1462年(42)サムワイズ殿、六度(ろくたび)庄長となる。
1463年(43)サムワイズ殿の娘ゴルディロックス(金捲毛)、ペレグリン(ピピン)・トゥックの息子ファラミアT世と結婚する。
1469年(49)サムワイズ殿、これを最後に七度めの庄長となる。任期終了の1476年、サムワイズ殿96歳。

ホビット庄暦1482年(4紀62年)、この年の夏至の日にサムの妻ローズが98歳で亡くなります。
サムはこの年の9月22日に旅支度を整えると袋小路屋敷を出て、娘エラノールが夫と住む西境の塔山丘陵に向かいました。そしてエラノールに赤表紙本を託しました(注1)。赤表紙本は、5冊になっていました。

やがてエラノールに見送られてサムは灰色港に向かい、最後の指輪所持者として西方アマンへ船出していったと伝えられます。
サムワイズ・ギャムジーが西方に去ったときには102歳になっていました。


かつてビルボは「物語というものは、『そして死ぬまで幸せに暮らしました』、で終わらないとね」と言っていましたが、これは児童文学を書いていたトールキン教授の考えでもあったわけです。ところが『指輪物語』はその性質上、主人公のフロドを「死ぬまで幸せに暮らす」という結末にもっていけませんでした(注2)。教授はその部分をサムに引き継がせたといわれています。
フロドは西方に船出する直前にサムにこう言いました。
「お前はわたしの相続人だよ。わたしが持っていたもの、持ったかもしれないものはことごとくお前に残すからね」

                                *

(注1)このためこれ以降赤表紙本は、「西境の赤表紙本」と呼ばれることとなり、多くの写本が作られました。 その最初の写本はエレスサール王の希望で作られたもので、すべての写本の基になっています。西境の赤表紙本の原本はその後失われてしまい、残っているのはこれら写本のみです。
(注2)「王の帰還」では主人公はフロドというよりサムに移った印象を受けます。常にサムの視点から描かれて物語は進んでいきます。追補編の年表でも、第4紀の記述はほとんどサムに関することなのです。
なおサムは、トールキン教授が第一次世界大戦に将校として従軍したおりに教授についた従兵をモデルにしているという話です。
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2008年04月15日

【指輪物語豆知識(117)】<戦後の仲間たち(2)>サム(1)

サムワイズ・ギャムジー(Samwise Gamgee ホビット庄暦1380〜)
通称サム(Sam)。 父はハムファースト・ギャムジー(ハム)、母は子善家のベル。兄にハムソン、ハルフレッド、姉にデイジー、メイ、妹にマリゴールドがいます。
第3紀3020年5月1日にローズ・コトン(ロージー)と結婚します。子供は13人(!)。
フロドより12歳の年少(袋小路屋敷出発当時38歳)。メリーより2歳、ピピンより10歳の年長になります。
サムワイズという名前はちょっとひどい意味があって、古英語のバンジール(薄馬鹿、単純の意)の訳なのですが、どうして薄馬鹿どころか才能あふれる魅力あるキャラクターです。

第3紀3021年9月29日にフロドが西方アマンに去ったあと、サムは袋小路屋敷とバギンズ家に残された全財産を継ぎます。それと共に赤表紙本も受け継ぎ、フロドのあとを受けて赤表紙本を書き継ぐこととなります。サムの代になってからは、赤表紙本に出てくる年号はホビット庄暦で書かれていくことになりますので、この項でもホビット庄暦で表記していきたいと思います。( )内は西方暦で第4紀の何年にあたるかを示します。

1427年(6)、小足家のウィルがホビット庄の庄長職を辞し、サムが庄長に就任します。この年エレスサール王(アラゴルン)は勅令を発して、ホビット庄に人間の立ち入ることを禁じ、ホビット庄を北王国保護下にある自由地と定めます。
1434年(13)、エレスサール王はホビット庄のセイン(ピピン)、庄長(サム)、バック郷館主(メリー)の3職を北王国の顧問官に任じます。この年サムが2期めの庄長職に選出されました。
1436年(15)、エレスサール王は北王国に行幸し、イヴンディム湖のほとりに滞留しますが、その帰りにブランディワイン橋(パランドゥイン橋)に寄られ、ホビットの友人たちと会われます。

そしてこの立ち寄りを予告して王がホビット庄に届けさせた手紙があります。面白いのでこれを紹介しましょう。なお、これシンダール語で書かれていまして(注1)、それを「エルフ語のページ Adarion 」(注2)の管理人さんが翻訳したものを使わせていただきます。この手紙は当初トールキン教授は『指輪物語』の本文に入れる予定でしたが、後にカットされたものだそうです。

「ゴンドールの王にして西方の領主、エレスサール=テレコンタール、つまりアラソルンの息子、アラゴルン・エゼルハルン(エルフの石)は、春の第8日、つまりホビット庄暦における4月の第2日に、バランドゥイン橋に赴(おもむ)く。
そして彼はそこで自身の友人たち皆にあいさつすることを望んでいる。
彼は特にホビット庄の庄長、サムワイズ殿(フルワイズと呼ばれるべき方であるが)、そして彼(サムワイズ)の妻であるローズ、そして彼の娘たちであるエラノール、ローズ、ゴルディロックス、デイジー、そして彼の息子たちであるフロド、メリー、ピピン、ハムファストに会うことを望んでいる。
サムワイズに、そしてローズに、萌の第31日、ミナス・ティリスの王よりのあいさつとする。 A.E.」

手紙の中にでてくるテレコンタールとはアラゴルンが定めた南北統一王家の家名なのですが、それはクウェンヤ語で「馳夫」という意味なのです。王といってるけど中身は君たちホビットの知っている馳夫なんだよ、とアラゴルンが言っているようですね(^_^)。
指輪の棄却のあとにフロドとともにサムが王としてのアラゴルンに初めて会ったときのシーンが思い浮かびました。

「おやおや、こともあろうに王様なんてことでなきゃ!」と、サムがいいました「馳夫さんだが。でなきゃ、おらはまだ夢みてるだ!」
「そのとおりだよ、サム、馳夫だよ。」とアラゴルンがいいました。「ブリー村からの道は長かったねえ? あそこではあんたはわたしの顔つきが気に入らなかったようだが。われら全員にとって長い道だったが、あなたたちのが、なかでも最も暗い道だった。」
そのあとかれは、サムを驚かせもし、すっかりまごつかせもしたことに。片膝をひいて、二人に敬意を表し、それから右手にフロドの手を取り、左手にサムの手を取って、二人を玉座に導き、、そこに二人をすわらせると、居並ぶ兵士たちと大将たちの方に向き直って、口を開き、全軍勢に轟き渡る声で叫びました。
「誉めよ、讃えよ、これなる二人を!」

                                 *

(注1)シンダール語で書いたということは、サムはシンダール語の読み書きができるようになっていたのでしょうね。まさにフルワイズ(賢者)と呼んでもいいですよね。
以下にシンダール語の原文を載せます。なおフランス語のアクサンやドイツ語のウムラウトのような' " は省かせていただきました。
Elessar Telcontar: Aragorn Arathornion Edhelharn,aran Gondor ar Hir i Mbair Annui,anglennatha i Varanduiniant erin dolothen Ethuil,egor ben genediad Drannail erin Gwirith edwen.
Ar e anira ennas suilannad mhellyn in phain:edregol e anira tirad i Cherdir Perhael(i sennui Panthael estathar aen) Condir i Drann,ar Meril bess din;ar Elanor, Meril, Glorfinniel, ar Eirien sellath din;ar Iorhael, Gelir, Cordof, ar Baravorn, ionnath din.
A Pherhael ar am Meril suilad uin aran o Minas Tirithnelchaenen uin Echuir.  A.E.
(注2)http://adarion.hakobe.net/
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2008年04月13日

【ゲーム内イベント】弾き語り演奏会 in Narya

久々に演奏会を開くことにいたしました^^
今回はホビット・ソングを集めて、歌い手にもホビット男子を用意いたしました(笑)。
まずはNaryaサーバーにて演奏会を開きます。Aegrosサーバーは5月10日の予定です。 
どうか皆様聴きにいらしてくださいね。
今回は作詞もしてるんですよ(笑)。 

                       *

        【弾き語り演奏会「ホビットの歌」】

原作に数ある詩の中から、ホビットに関する詩を、映画音楽やクラシックなどの名曲に載せて歌います^^。

●サーバ:Narya
●主 催:弾き語りバード:ラリエン
●歌い手:歌う農夫:ラロ
●日 時:4月26日(土曜)22時半開演(1時間から1時間半予定)
●会 場:ブリー村水鏡の泉横ステージ

ホビットの歌うホビットの歌をぜひ聴きにきてください^^
サムの歌う「トロルの小歌」をはじめ、全12曲の予定。
恥ずかしながらラリエンの作詞も1曲ございます。
posted by ラリエン at 13:57| Comment(0) | TrackBack(0) | イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月12日

【指輪物語豆知識(116)】<戦後の仲間たち(1)>

第3紀はフロドたちの西方アマンへの船出によって終わりました。
このあと、つまり第4紀の指輪の仲間たちについて書いてみたいと思います。
すでに第4紀においては中つ国にいない仲間たちもいますので、それも確認する意味で最初に指輪の仲間たちをあげてみましょう。

●ボロミア・・・・・・・・・オークに襲われたメリーとピピンを守ろうとして第3紀3019年2月26日に戦死。
●フロド・バギンズ・・・・・第3紀3021年9月29日にビルボ、エルロンド、ガラドリエルらと共に西方アマンへ船出する。
●ガンダルフ・・・・・・・・フロドと共に第3紀3021年9月29日西方アマンへ船出する。かれは帰っていったと書いたほうがいいかもしれませんね。
●アラゴルン・・・・・・・・エレスサール王として南北統一王となる。
●サムワイズ・ギャムジー
●メリアドク・ブランディバック
●ペレグリン・トゥック
●レゴラス
●ギムリ

9人のうち3人がすでにいません。また、アラゴルンについては「アラゴルンとアルウェンの物語」の項などで触れましたので、ここでは割愛します。

残り5人についてその後のことを次回から書いていきたいと思います。
posted by ラリエン at 14:57| Comment(3) | TrackBack(0) | 指輪物語豆知識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月09日

【指輪物語豆知識(115)】<LotRo小事典>レンバスetc

月光文字(moon-letters)
未解読の月光文字(Book11までは判読不能の月文字)というアイテムを拾われたことのある方は多いでしょう。かなり高レベルの敵じゃないと落としませんけど、研究職の素材になってます。
原作、といっても『ホビットの冒険』のほうにに出てきます。ドワーフの流浪の王スラインU世が持っていたエレボール(はなれ山)の地図に、月光文字で秘密の入口のことが書かれていたのですが、この文字は、文字が書かれたときと同じ形、同じ季節の月の光が、紙の裏側から照りつけるときにだけ読むことができるもので、最初は誰もきづきませんでした。この地図をガンダルフがスラインU世のいまわのきわに息子のトーリンU世に渡してくれるように言付かり、裂け谷でエルロンドの手によって解読されました。


レベスロン(lebethron)
伐採でとれるレベスロン。この木はゴンドールの木工職人たちが珍重して細工物などに使った木材です。ファラミアがフロドとサムに別れ際に旅の助けにと与えた杖は、この木で作られていました。また、戴冠のおりにアラゴルンの許に運ばれたゴンドールの王冠の入った箱もこの木で作られていました。


レンバス(lembas)
ゲーム内での最高の食糧のひとつといえるレンバスですが、なんでホビット庄の大堀村で作れるのか謎です(レンバス作成に必要な上質なかまどは大堀村にしかありません)。
レンバスはシンダール語で「旅のパン」の意味で、クウェンヤ語では「命のパン」を意味するコイマスといいます。別名「エルフの焼き菓子」。菓子といいますが旅行用の携行糧食です。一枚食べるだけで一日たっぷり歩けるほど力が付くし、大変においしいそうです。クッキーみたいな感じなのかな。旅の仲間のホビットたちは渡されたとたんに注意を聞く前に三枚ずつ食べてしまったようですが(笑)。
エルフの習慣によると、レンバスを貯蔵することも与えることも、エルフの王妃のみに属する権限であるそうで、このころの中つ国でそんな権限を持つのはガラドリエルと、まだ王妃じゃないけどアルウェンぐらいじゃないのかな。
上質なかまどの前でボウルを手にレンバスの材料をこねこねかきまぜてるガラドリエル様を想像すると・・・・(こんな想像ばっかしてるな(笑))。
ゲーム内で作れるレンバスの説明を見ると、「エルフの伝統的な行糧、または少なくともそれに近いもの」と、どうもあやしげな説明がついてます。パチモン?(笑)
なおゲーム内レンバスのレシピは、祝福されたエルフの小麦粉*2、上質なクローバーの蜜*2、新鮮なクリーム*1、水*1となっていますけど、やはりここにはマルローンの葉も加えてほしいところです(笑)(レンバスはロスロリアン特産のマルローンの葉でくるまれています)。

                              *

*また思いついたことあったらときどき書きたいと思いますが、○○って何? とかあったら調べてみますのでコメントにでも書いてくださいね。わからないこともありますけど・・・。「ゴッサマー」は調べたけどわからなかった><
posted by ラリエン at 09:27| Comment(5) | TrackBack(0) | 指輪物語豆知識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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